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東京地方裁判所 平成3年(ワ)15897号 判決

原告

株式会社ディ・アイ・エー・ファイナンス

右代表者代表取締役

下津寛徳

右訴訟代理人弁護士

五十嵐公靖

渡辺孝

池田裕道

被告

有限会社エイコー西垣

右代表者代表取締役

西垣理次

被告

西垣理次

右両名訴訟代理人弁護士

河崎三成

耕修二

主文

一  本件訴訟は被告らが平成四年一月一三日した請求の認諾により終了した。

二  被告らの平成五年二月一五日付「口頭弁論期日指定の申立」後の訴訟費用は被告らの負担とする。

事実および理由

第一請求

本件訴訟につき、審判を受けるため、口頭弁論期日の指定を求める。

第二事案の概要

一はじめに

本件は、請求の認諾をした被告らが、その請求の認諾に錯誤があったと主張して、当該訴訟につき審判を受けるため、口頭弁論期日の指定を求めた事件である。

二争いのない事実

1  原告が平成三年一〇月一四日被告らを債務者として大森簡易裁判所に支払命令の申立てをし(平成三年ロ第四一六一号事件)、同裁判所が支払命令を発したところ、被告らが同年一〇月三〇日これに対し異議の申立てをしたため、本件訴訟(平成三年ワ第一五八九七号貸金請求事件)が東京地方裁判所に提起されたものとみなされた。

2  被告ら訴訟代理人耕修二は、東京地方裁判所における本件訴訟の第一回口頭弁論期日(平成四年一月一三日)に原告の請求を認諾したので、その旨の調書が作成された。

3  ところが、被告らは、平成五年二月一五日、右請求の認諾には別紙一、二記載の錯誤があるとして、本件訴訟につき口頭弁論期日の指定を求めた。

三争点

被告らのした請求の認諾は、錯誤によって無効か。

第三争点に対する判断

一般に、当事者の訴訟行為に瑕疵があったとしても、その瑕疵がただちに当該訴訟行為の効力に影響を及ぼすものではない。もっとも、当事者が詐欺、脅迫等明らかに刑事上罰すべき他人の行為により当該訴訟行為をしたとき(すなわち、当該訴訟行為に民訴法四二〇条一項五号所定の再審事由があるようなとき)には、当該訴訟行為はその効力を失う(最高二小昭四六・六・二五判、民集二五・四・六四〇頁。なお、最高一小昭四四・九・一八判、民集二三・九・一六七五頁参照)。

これを本件についてみると、被告らがした請求の認諾も訴訟行為であるから、たとえ右請求の認諾に被告らの主張するような錯誤があったとしても、その錯誤(瑕疵)が詐欺、脅迫等明らかに刑事上罰すべき他人の行為に起因するものでないことは明らかである。そして、他に被告らの請求の認諾につき詐欺、脅迫等明らかに刑事上罰すべき他人の行為があったことについては、何ら主張立証がない。したがって、右請求の認諾は、その効力を失わない。

そうすると、本件訴訟は被告らのした請求の認諾により終了したというべきであるから、主文のとおり判決をする。

(裁判官増井和男)

別紙一 認諾を無効とする理由

第一、本件請求は貸付金二三億円に対する利息の請求であるが、右利息を生み出す原因となる元本債権は、

一、被告会社は訴外ダイア建設株式会社(以下ダイアと略称する)との間において平成二年七月二四日、勝浦地区リゾート共同開発計画に基づく土地付区分建物売買協定書と題する売買予約契約を締結した。右予約契約の主な内容は概ね〈書証番号略〉のとおりであるが、その骨子は次のとおりである。

(1) 売買本契約締結の時期は、協定書(〈書証番号略〉)第五条に定めるとおり。

(2) 売買代金額は協定書第四条のとおり。

(3) その支払方法は、後記口頭の特約を除き協定書第七条のとおり。

(4) 売却する土地の範囲は、後記口頭の特約(その代金額を含む)を除き、協定書第一条所定物件目録(1)記載の土地の範囲とし、売却する建物は(口頭の特約を含む)物件目録(2)記載建物とする。

二、右口頭の特約のうち代金の支払いについては次のとおり。

(1) ダイアは被告会社に対し、売買代金のうち土地代相当額金三九億五四〇〇万円を次のとおり前払いする。

平成二年七月二五日金一〇億円、同年九月二五日金一〇億円、同年一一月二五日金一〇億円、残金は平成三年中に被告会社の申出の時期に支払う。

(2) 右支払い方法については、ダイアの申出により、ダイアの一〇〇%子会社の原告からの被告会社に対する貸付の形式をとることとし、被告会社の売却土地に総額金五〇億円の根抵当権設定登記をし、金利も表面上長期プライムレートプラス一%の割合で支払うこととするが、右金利支払分は元本金四一億八〇〇〇万円(〈書証番号略〉参照)に達するまではすべてダイアが負担するものとし、ダイアは本件売買代金に上乗せして被告会社に支払うこととする。

なお、〈書証番号略〉は平成二年六月頃ダイア側から協定書案として債務者に提示されたものである。右書面にもあるように土地代相当額は四一億八〇〇〇万円(第四条)とされていたが、後になってダイアの都合で中村市次郎と川津公益社の土地を協定書成文から除くことになったので金額は三九億五四〇〇万円に改められた(〈書証番号略〉参照)。

(3) ダイアと被告会社がこのような代金支払形式をとることとした理由は、(イ)売買代金の前払いが被告会社の契約締結に応ずる前提条件であり、ダイアとしてはこれに応じない限り本件土地付区分建物売買予約契約を被告会社と締結することが出来ない状況にあったこと、(ロ)ダイアとしては土地等の所有権移転登記を経る前に巨額の代金を前払いすることに不安があり、被告会社が買収した不動産に一番抵当権を設定することにより万一将来トラブルが生じた場合にも代金回収を確保し得ることとしたかったこと、(ハ)被告会社も実体どおり売買代金の内入として受領すれば、直ちに所得として納税の義務を免れることが出来ず、そのようなマイナスを防ぐ上でも被告会社の利益にかなう方法であったこと等であり、結局双方の利害が一致したからこのような代金支払形式をとったものである。

何よりも最大の理由は、国土利用計画法第二三条に定める届出をし、不勧告の通知を受けた後でなければ売買契約を締結することが禁止(同法二三条三項)されており、その前に代金を受領しようとすれば、表面上消費貸借の形式をとらざるを得なかったからである。

また、金利の定めをしたのも表面上そうしておかなければ税務当局から否認されるおそれがあったからである。

なお、本件のような貸付の形式をとることは、脱法の疑いがあるにも拘らず、当時の不動産の市況からして地上げ代金の支払方法として日常ごくありふれた方法の一つであったことを付言する。

三、前記口頭の特約のうち、土地の範囲ならびにその代金等については次のとおり。

(1) 物件目録(1)土地の表示23記載の地番四二八―二所有者勝浦市の土地は都市計画法二九条に基づく開発許可がとれた後に市に対して払下げ申請することによって買収し得る性質の物件であり、当然別扱いとなること(協定書第六条(5)、第一四条一項(2)参照)。

(2) 前記開発許可をとるためには対象たる一団の土地が公道に面することが必要である。協定書記載の土地は公道に面していないので、物件目録(1)記載の土地以外に道路に接する中村市次郎所有の亀居谷四二五番畑一九五m2と社団法人川津公益社所有の北谷一八八六番山林一三六八m2の全部または一部を買収することが不可欠であった。そこで被告会社において別途右土地を買収すべき必要性が当然存在したが、その期限も明確には定められておらず、またその代金額も本協定書の土地代相当額とは別という了解(既述のようにダイア側の事情による)であった。右の額は本件予約契約時点では正確に決まっていなかったが概ね二億二〇〇〇万円余と考えられていた。

四、建物に関する口頭の特約については次のとおり。

(1) 予定建物のうち、原価(建築費等を積算した価格)で計算して一一億八千万円相当の建物を被告会社はダイアより右原価で買い戻す権利を有する。右建物の予定販売価格は原価の二倍以上になる筈であるから右建物のダイアを通じての転売代金は少なくとも二二億円以上となる筈である。

(2) 原告が被告会社に対して貸付金名目で設定する根抵当権は総額五〇億円とする。右の内訳は協定書所定の土地代相当額が三九億五四〇〇万円、中村市次郎外一名所有土地売買代金相当額が約二億二〇〇〇万円のほかに前号建物転売利益約一一億円によって決済することを予定して金八億二〇〇〇万円の限度でダイアは被告会社の要請があったときは右金円を貸与する。以上が金五〇億円の担保権に対応するものである。

但し、転売利益で被告会社が決済する八億円余については、真実の貸付金である故これに対しては土地代相当額の支払いとは異なり、長期プライムレートプラス一%の金利を被告会社は支払う。

五、本件売買代金の前払いが消費貸借の形式をとり、不動産のすべてに一番抵当権が設定されることについて、被告会社としては若干の不安があっても不思議でない筈であるが、第一に本協定書には北新建設株式会社が立会人として署名捺印しており、同社の長谷川常務がこの経過の全部を承知していること。ならびにダイアとの本件取引を債務者に仲介した有限会社コスモツーワンの代表取締役高橋喜代雄が、交渉ならびに契約締結のすべてに立ち会ってその内容を知悉していることがあり、第二に鍵になる社団法人川津公益社の土地ならびに中村市次郎の土地が対象物件からはずれており、この物件の買収は被告会社でなければ事実上難しい等のことがあったので、被告会社としては前記口頭の特約を書面化していないことについて何等不安を持っていなかった。勿論、国土法に違反する約束を文書で残すことには両者共に差し障りがあったことは当然である。

六(1) 以上要するに原告の本件債権なるものは被告会社とダイアとの間の土地付建物売買協定書に基づく前払代金であり、右売買協定の履行について被告会社はその責めに帰すべき債務不履行はなく、右協定は解約されていないから被告会社に右代金の返還債務は発生していない。

原告は、ダイアの代表取締役下津寛徳が代表取締役の会社であり、被告会社とダイアとの前記協定に基づき事情のすべて即ち売買予約に基づく前払代金であることを知悉した上でその趣旨に沿って本件金員を被告会社に提供したものである。

因って、本件債権は存在しない。

(2) なお、本件協定書に違約したのはダイア=原告である。原告は被告会社が約定金利を支払わないというが、ダイア側が約定の前払金の支払いを契約通り実行していれば、その中から当然支払っていた筈であり、原告の主張は理由がない。

第二、被告が錯誤に陥った理由。

一、通常の請求であれば、元本債権の全部または一部の請求を当然伴うべき筈であり、また期限の利益を喪失した後の部分は損害金計算で請求する筈である(附帯請求部分は印紙の貼用を要しない)。

原告は敢えてそのような請求をせず、本訴をもって約定金利とされている部分のみの請求をするという極めて異例な訴訟形態をとった。

二、被告会社は既にダイアの開発事業部長西川博から平成三年三月一七日頃、不動産市況が悪くなって来て、協定の実行が困難になってきた。ついては不動産を国土法価格で譲ってもらうかまたは他の開発業者にダイアの契約上の地位を譲って手を引きたい。適当な業者を探してほしいと言われていた。

三、さらに、その後西川から日債銀をはじめとする金融機関に対する手前もあり形だけでも金利の請求をしないわけにも行かなくなった。また、被告会社社長西垣氏と今後のことについてどうしても話合いたいのだが、話合いが出来なくて困っている。その方法ということなどもあって訴訟をおこすことになるかも知れない。との言が被告会社専務取締役稲葉悦男に対して申入れられていた。

四、被告西垣は、これらの話を聞き、今後のことにつき話合いをすることにはやぶさかではないが、部長とではなくダイアの社長となら会っても良いとの態度を表明していた所、本件訴訟が提起された。被告等は従来の経緯もあり、全く形式だけの裁判と理解した。また、本件の本来の内容をこの訴訟の中で明らかにすることはダイア=原告との間での前記第一で明らかにした税務上の必要に関する基本的な合意に矛盾することになるので、ダイアとの間の信義を貫くために認諾することが必要と判断したのである。

五、ところが、原告は被告等の前記の理解に全く反する行動をとるに至った。即ち、平成四年三月には被告会社の有体動産の差押競売をなし、さらに同年八月には被告等に破産の申立をなすに至った。原告がこのような対応をする以上被告としては、本件認諾が錯誤に基づくことを明らかにし、本件請求金の真の内容を明確にしてその存否を争わざるを得ないと判断したので期日指定の申立をしたものである。

別紙報告書〈省略〉

別紙二

一 本件の錯誤とは、本件の請求が真実はそれに見合う実態のない通謀虚偽表示であり、従って、原告も真実は請求の正当権限がない虚偽の請求をしていると錯誤し、このような虚偽の請求を承認することが原告との信義則上必要と思い違って認諾した点にある。正に請求の意思表示の要素である請求権の有無について真実は存在しないにも拘わらず、真実に反して存在するとする陳述をせねばならぬと思い込んだ点に錯誤があったものであって被告にこのように思い込むについて若干の過失があったとしてもその故に無効とすることを否定すべきではない。

二 右錯誤をもたらした理由については原告側にもいくつかの原因がある。

(1) 第一に原告はその親会社である訴外ダイア建設株式会社(以下ダイアと略称する)の百%の子会社であり、その代表取締役も同一人物の下津寛徳である。

被告はダイアとの平成二年七月二四日付土地付区分建物売買協定書に基づき土地建物をダイアに売却する予約をしたが、右予約に基づく前渡金として合計金三九億円の支払を受けることになり、この合意に基づきダイア側の都合で原告から表面は貸金名目で前払いされたのが本件債権の原因となる金銭の交付である。原告は当然このような性格に基づく金円の支払であることを承知して支出したものである。

(2) 第二に、不動産売買予約に基づく多額の金円の支出は国土利用計画法上禁止されていることを双方共に承知していたのであくまで双方共に表面上の約定である金円貸付けのことを承認しなければならない立場にあり、これを原被告共に承知していた。

(3) 原告は、このような事情に鑑み、本件では期限後の金利を損害金計算でなく利息計算でのみ請求し、元本の請求は特にして来なかった。そして、あたかもこの件についてダイアの西川開発部長が被告側に「日債銀をはじめとする金融機関に対する手前もあり、形だけでも金利の請求をしないわけに行かなくなった」と洩らしており、本件請求がそのような事情に基づいて提起されたものであって、これを被告側が争うことは著しく信義則を損なうと被告に思わせる上で一定の原因をつくった。

等のことが挙げられる。

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